在留資格認定証明書取得成功!!

文字の大きさは、『中』でご覧ください。

在留資格認定証明書の再申請を終え、旅行記などの追加書類も送付し、まさにダメ押し的
な状況で証明書の到着を心待ちにしていたわけですが、今回はなぜか心に余裕がある。
必ずや証明書が届くものであろうという前提でものごとを考えているので、しばらくは仕事に
没頭していて、こんなちっぽけなことは忘れ去っていたぜ。(大きく出ています。)


普段どおりに帰宅すると、しばらくして郵便配達のおじちゃんが郵便物を持ってきた。
郵便配達は二度ベルを鳴らすことはなかったが、『書留です!』の声に私は玄関に向う。
その郵便物を受け取ると、自分で自分の宛名を書いた封書。

名古屋入管からだ。

ウムッ!? なにやら前回とは封書の厚みが違うなぁ。
これが私が感じた最初の感触である。
前回の在留資格認定証明書不交付通知書は薄い紙切れだったので、封筒も簡単に折れ
曲がったが、今回は気持ち封筒も硬かった。

これがそうなのか。
ちゃんとかかれている。

『在留資格認定証明書』在中と。

間違いない。
そのとき、これで妻が確実に来れるのだと感じた。
早速中国の妻に電話。

『在留証明書、成功!』(これで通じるだろう。いや、通じた。)
とてもうれしそうな息遣いであった。
近くにいたならば、間違いなく抱きしめていたことだろう。

『よっしゃ・・・・・』
からだに力がミルミルついてきた。
この勢いで中国に送りつけてやる。

早く届けよ。
必ず届けよ。
そんなふうに思いながら、今後のことを考えていた。

今後は一切が妻側での作業になるので、妻が決して粗末なまねをしないことを祈りつつ、
よい知らせがあることを心待ちにしていた。
月日が流れているので、公証書の有効期限が切れたらしく、再申請したと言っていた。

余計に金がかかっちまった。
後日、入管に請求するとする。
(気安く、振り落とすんじゃねぇよ〜だ。)

提出書類が揃うと、妻たちは瀋陽の日本領事館へ行くことになった。
妻ひとりではなにかと危険なので、例のごとく弟さんの登場となった。
ここで妻がとんでもないことをしでかしてくれた。

ハルピンから瀋陽まで飛行機を使用したということだ。
おーい勘弁してくれよ。

おー、私のお父ちゃんよ!

どういうつもりなんだよ。
もうすっかり日本人妻の気分じゃないか。
俺がいくら金があると思ってんだよ。

日本語で手紙を書いて中国へ送りつけてやった。
瀋陽へはどうやら二度出向かなければならないようであった。(※現在は3回のようです。)
今度は汽車で行くように言ったところ、そうしてくれたようである。

瀋陽まで汽車で行くことが大変なことくらい、じゅうぶんにわかっている。
ただ、中国にいて兄弟との最後の共同作業ということで、何か思い出を作ってもらいたか
ったという私の考えもあったのだ。

今、中国人が飛行機を利用できるというのは、エリートの証のようなそんな感覚があるよう
である。
日本人と結婚をしたことで、貧しい中国での生活と別れをしたのかどうかは知らないが、私
でさえ、国内に於いて東京から大阪に移動するとすれば、まずは新幹線を思い浮かべる
ので、飛行機というのは私にとっても大変な乗り物なのであるのだ。

でもいたなぁ。
朝、ハルピン空港から北京行きの飛行機にたくさんの中国人が乗り込む姿を。
あれって、北京に仕事に行くわけなんだなぁ。

顔つきを見ていても、やはりビジネスマンだ。
それなりに稼いでいるんだろう。
中国って貧しいイメージが拭いきれていないが、平均的な日本人以上に裕福な中国人っ
て、今はたくさんいるということをもっと知るべきだ。

これからは中国の時代だからね。

 (話を元に戻して)

ついに妻のビザが取得できました。
在留資格認定証明書の交付からはスピード取得です。
在留資格のすんなり取れた方々というのは、このあたりの感動があまり感じられないのでは
と思っていますが、如何なんでしょうね。

中国においても日本においても結婚をしたという事実が現にあるの に、なぜ入管だけは
首を縦には振らなかったのだろうか。
『俺たちは夫婦なんだぜ!』というパフォーマンスはあるに越したことはないということを、
今回感じました。

まあ私たちは当初から、のろけ路線でホームページを立ち上げて皆さんに訴えかけてき
ましたが、この気持ちを一時たりとも緩めず、 我々の結婚に間違いはないという気持ちを
持ち続けることで、正当性を訴えてきました。


基本的には領事館というのは、在留資格認定証明書が発行されたらビザの発行もするの
でしょうか。
よほどのことがない限りは、発行されるべきものなのでしょう。

でも、このビザが発行されないと、また一からやり直しなので、そういう意味ではかなりプレ
ッシャーがあったことは事実です。
ビザが取れたということは、妻が来日できるということですね。

あとは飛行機のチケットが手配できて、妻の気持ちが日本に向きさえすればいつでも来れ
るわけです。
来日は9月。

まずチケットが取れるのかどうか確認してみました。
すると9月の中旬は満席だとのこと。
あっ、これは関空着でのことですが、私は新潟からしかハルピンには行っていないので、
関空の情報には不慣れなんです。

ハルピンからの直行便は新潟着しかなく、妻が日本に来るにはこれがいちばん楽なので
すが、なにせ福井からは距離があるので、気合を入れて向かいにいかないといけない。
結局いろんな航路を考えましたが、新潟ーハルピンに決まりました。

これに決めたというよりは、この航路しか空きがなかったというのが正直なところです。
私はどうも、新潟に縁がありそうです。
富山あたりにハルピン行きがあれば言うことないのになぁ。

妻の来日の日取りは、我々が決めるというより席の開いている日が来日の日ということに
なった。
中国北方航空のサイトにアクセスしてみると、なるほど開いている日が見つかった。

来日日を選べない悲しさはあるが、それでも何とか空きが見つかった。
この日に決定!!
中国に来日日を指定し、チケット購入を頼む。

金は事前に送ってある。
あとはそのチケットを手に入れて、日本に来るだけだ。
イヤー、ほんとに妻が日本に来るんだぁ。

キャー、信じられないっ。

あとはひたすら、来日を指折り数えて待つことだけなのだ。

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