在留資格不交付の通知

2001年11月の後半に在留資格認定証明書の申請をしてから3ヵ月とちょっと過ぎた2003
年3月のある日、我が家に自分で書いた覚えのある一通の封書が届いた。
裏をみると、名古屋入国管理局とある。
開ける前に何気に封書の厚みを感じとってみた。

『やけに薄いなぁ。』

それがそのときの印象的であった。
急がずに封を開けてみた。
すると薄い紙切れが一枚だけ入っていた。
みると、在留資格認定不交付通知書と書いてあった。

『なにっ!』

目のなかを赤い光線が一瞬走った。
ってことは、妻は日本に来られないということなのか。
中をみてみると、今回提出された書類等では立証が得られないとある。

『そんなアホな!』

散々待たせておいてこの様か!
残念という気持ちよりは、入管に対する怒りがこみ上げてきた。
なかには一ヶ月足らずでこの在留資格を取得した人もいれば、三ヶ月も半年もかかっていると
いうのに許可がおりなかったという人も現にいる。

だいたい就職試験にしてもなんにしても、結果がダメならば通知というものははやいのが当た
り前なのであるのだが、今回は散々待たせた挙句のこの通知だ。
ふざけるにも程がある。

いくら考えても気持ちが納まらない私は、入管に連絡してみることにした。
それで電話をするのだが、なかなかかからない。
俺様が抗議するのを知ってかどうかは知らないが、電話をとらないのかと根拠のないところ
でも腹が立ってきた。

やっとつながった。
普通であれば、こちらの名を名乗るところであろうが、あまりに頭に血が上っていたのか、

『なんで許可がおりんのか!?』

といきなり本題に入ったことを覚えている。
その理由については通常、電話のうえでは入管職員も言わないそうだが、食って掛かった私
に対して、渋々その理由を明かした。

『中国には何度か行かれているのでしょうか?』

提出するときに私のパスポートのビザの欄もコピーをとっていたようなのだが、どうもそのあ
たりに疑いを持ったのであろうか。
たしかに私は一度しか中国には行っていない。
それがどうした文句があるか!(という歌がありましたよね。)

一度でお見合いをして、そのついでに結婚をしてくるという第一級元とり技師の荒業の成せる
ところであったのである。
だがそれが、結果としては悪かったのであろうか。

一度でことを済ませられるのは、私か偽装結婚の殿方のいずれかであろうから。
冷めて考えてみると、一生を共にする相手となんで一度会っただけのことで決めてしまえるの
かという、入管の私に対するカンフル剤ともいえるきつい一発を食らうことになったのだ。

私としては、なるべくお金を使わずして妻を日本に迎え入れ、そして後のためにその浮かした
お金を使いたかったという、小市民の涙ぐましいささやかな気持ちが込められていたのである。
たしかに私のパスポートをみれば中国への渡航記録は一度だけであり、けがれのない状態
であった。

提出した書類も少ないといえば少ない。
電話は正規の国際電話を利用したわけではないので、通話ログというものが存在しない。
文通していた当時の手紙も、手紙こそあるが封筒がない。
文通していた事実は認めるもそれが何時されていたのかが証明されない。

などと考えていくと、第三者が疑いを持てるようなところが次から次へと出てきた。

『今回は俺の負けか!』

そう認めざろうえなくなってきた。
『リベンジに向けて』とダブる部分がありますが、いま挙げた不交付の内容について改善する
ことをお役人から求められたわけです。

このままでは妻は日本には来れません。
こうして私は、妻を日本に迎え入れるための精一杯の努力をすることになるのであります。

腹が立った人:杜国朝




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