夫としての基礎知識

杜国朝

私は、中国人女性と結婚したことで幾つかのことを決意しました。

まず第一に、

相手に対して一方的に日本語の習得を押し付けない。
彼女は、まったく日本語を学んだことの無い人です。
そのような人がいきなり日本語を話そうとしても無理があります。

これは、私が哈尓濱へ行った時に痛感したことでもあります。
結婚紹介所の通訳およびそのスタッフのバックアップがあったからこそ、意思の疎通ができたのです。
長い歴史を経て出来上がった言語ですので、そう簡単には習得できないでしょう。

ただ、私としては筆談でやりとおすことはある程度はできるものと考えております。
私のデタラメ中国語も、発音さえ避けることができれば、ある程度は通じることでしょう。
気長に構えましょう。

彼女が日本語を覚えるのと同時に、私も中国語を勉強していくつもりです。
そうすることにより相手の考えていることも理解でき、それより何よりも話せる言語がひとつ増えるとい
うことは、人間的進歩にもなります。

私がA地点から、彼女がB地点からスタートして言葉を覚え始め、それがいつしかあるところで出会う。
こんな夫婦関係も悪くはありません。
5年経ってみて結論を明かします。

(実際に5年経ってみて、結果は妻の大幅な進歩ということになりました。私はやはり、普通の日本人
だったわけです。)


私はそれなりに言葉の意味はつかみました。
しかしながら、言葉に出して発すると妻はなんとか理解してくれますが、妻の家族に中国語で話しか
けてみると、ほとんど通じません。

その程度のレベルでした。
『プートン、不明白』の連続です。
発音がまるでダメのようです。

ある人は、『日本に来たら日本語をしゃべるのが当然だ。』と言っていました。
それはそれで必要なことではありますが、それでは逆にその人は外国へ行った場合にはその国の言
葉を話せるのでしょうか。

普段から話そうと努力もしていないのに、どうして急に話すことができるのでしょうか。
近所にも数年間、仕事の関係で上海に行っていたという人がいますけど、まず話せません。
中国に長年いながらも、会社内の日本人としか話してはいないから、ろくに中国語を話せないという惨
憺たる結果です。

これが経済大国日本の現状です。
国際人など、ほんの一握りというところでしょうか。
情けないものですね。

中日ドラゴンズから米大リーグに行った長谷川選手のひとことに、『英語をマスターしたいなら、どんど
ん恥をかこう。』というのがありました。
非常に良い言葉だと思います。

しゃべらなければ、言葉って身にならないんですね。
通じなくてもよい。
とにかく言葉を使っていかないことには、モノにはならないのです。

日本人が外国語を話せない理由としては他にもありますが、何よりも周囲のことを気にし過ぎるのがい
ちばん良くないことだと考えます。
こんな会話で恥をかかないだろうかとか、カッコをつけてしまうんですね。

文法も確かに大切ですが、そればかりにとらわれていては、くだけた表現がいつまでたっても自分の
ものにならないのです。
言葉というものを勉学ということでしか捉えていないから、ダメなのでしょう。

海外の人は、少しだけ話せるだけでも、『俺は・・語が話せる。』と威張って言いますね。
ほとんどはほらを吹いているとしても、その気持ちは大切だということです。
そういうことなら、私なんかは日本語、中国語、英語、ロシア語ができるということになってしまいます。

日本語に関しては、福井弁をはじめとして、銚子弁、名古屋弁、ひと括りにして関西弁ができます。
でもさすがに、こてこての東北弁や四国・九州、極めつけで琉球言葉なんぞは理解すらできません。
たぶん、中国語でいうところの上海語、福建語、広東語のようなものなのでしょう。

あと、彼女の実家にいっしょに里帰りをしたことを想定して、たとえば彼女が『あなたはしゃべれなくて
当然だから』と言ったとしますね。
これは私としては、非常に歯がゆいです。

日本人はこの表現で間違いないかなぁと恥じるのを恐れることはあっても、言葉が話せないということ
に対しては恥じない国民性があります。
私は日本人だからと逃げるのです。

彼女が日本に来て日本語を覚えたというのに、私はまるで中国語が話せない。
日本人はなんて国際的適応能力が無いのだと言われることがたまらなく嫌です。
そういう意味では、日本に来る中国人の奥さんはとても頭のよい人ばかりですね。

日本人はよく言われることに、6年から10年間も学校で英語を学んでいるというのに、どうして話すこ
とができないのだろうと。
結論として、英語を話す必要性のないところで生活をしているから。

これは、私が以前英語を使う職場に在籍していた時に感じたことです。
必要性を感じたときに、人間はいかにして相手に意思を伝えようとするかということです。
学校で習うような文法に完璧に当てはめなくても良いんです。

とにかく意思を伝えることに全精神力を集中させるのです。
そうしていくことで、おのずとボキャブラリーが増えていくのですから。
私は言葉の検定試験などくそ食らえと考える者です。

私は以前、無線局で外国航路の船舶と無線電報の中継をしておりました。
正確に言うと、国際公衆無線通信局で、国際電報の中継をするservice radio operator(無線通信
士)でした。

第一級総合無線通信士という資格を保有し、通信の神様と言われた男です。
船舶に乗り込んでいる通信士というのは、ほとんどが英語を母国語としない人達です。
中国人をはじめとして、近年では韓国人、フィリピン人などが多く、そのような人達と英語でやりとり
をするわけです。

お互いが母国語ではありませんから、まともな英語は使えません。
それでも何とか仕事はできてしまうから、何とかなると言っているのです。
中国人女性と結婚をするにしても、英語のできる女性ならば会話はとても楽でしょうね。

言葉の心配をする前に、努力することを怠らない強い精神力を持たなければなりません。
それが国際結婚では、すなわち愛につながるのです。

うちの会社の社訓ですが、『できる・できる・絶対できる。できないと思えばできない。できないことも
できると信じ、永遠に自分を進歩させよう。』というのがあります。
努力は継続することによって、実るのです。

第二に、

日本で住むわけであるから、日本の習慣・慣習などをしっかり教える。
中国国内に於いても、さまざまな習慣・慣習があり、当然ながらいくら狭くて小さい日本であったとし
ても、住むところによってさまざまな風習があり、その土地土地の文化をしっかりと教えなければなり
ません。

中国の常識は、日本の非常識であることが多く、まずは意識改革をしてもらわなければなりません。
中国人は、扉を閉めなくても用がたせるということらしいですが、こんなことを日本では絶対にやって
もらいたくありません。

飯を食べているときも、テーブルの上に食べかすを散らかすようですが、これも困ったものです。
人前で面と向かって平気にあくびをするというのも如何なものでしょう。

まだまだあるんじゃないかな。
100年の恋も冷えてしまうようなことだけはなんとしても避けたいですね。
可愛いままの彼女でいてもらいたいものです。

しかし、そうばかりも言ってはいられず、夫としても彼女がおかしなことをしたとき、なぜそのような行
動をとるのか、研究する必要があります。
そのひとつとして中華思想というものがあります。

私は中国人と結婚してからこの言葉を知ったのですが、インターネットの検索サイトで調べていくうち
に、これは中国人の優越した意識を高めていくひとつのイデオロギーであることに気づいたのです。

まあ、中華思想については彼女というよりは、彼女の家族や親戚と付き合わなければならなくなった
ときに突き当たる問題かと考えます。
理解したくないけど、理解しなければならないような現実があります。

なぜこのようなことをしなければならないのか。
それは相手や相手の国を理解することの一環としてです。
何のために、そしてなぜに国際結婚をしているのか。

悩みもやり方ひとつで楽しみに変わるものです。

私はなんてポジティブに生きているのでしょう。

我真想楽天的人間。(これはデタラメ中国語でしょう。ハハハハ)

とにかくは顔つきが同じだからということで、日本人と同じことを最初から期待しても、それは無理が
あるということなのです。
旦那さんになられましたら、家事や育児も半分半分で担当するようにしてください。

奥さんはそれが当然だと考えています。
近頃は日本人の奥さんもそのように考えているし、それが当然だと考えています。
だから、『私は会社で仕事をし、給料を持って帰ればそれでいい。』という考え方は、通用しないの。

日本人男性は都合が悪くなると、『日本男児は・・・』と逃げるようなところがありますが、あくまでそれ
を主張される方は、国際結婚はもちろんのこと、これからの日本人同士の結婚もすることはできても、
長年夫婦をやっていくことはとても困難になりますから、併せて申し上げさせていただきます。

逃げられてからでは遅いんですよ。
こういうものは。